2016年(平成28年)回顧

2016年(平成28年)回顧

例年なれば家人と対話しながら、詳しく一年を振り返るのですが・・・
対話形式の回顧はほぼ四半期毎乃至半期毎に家人と二人でまとめ、掲載時に私が加筆する形をとっておりました。
しかし今年は年初から上半期一杯諸事多忙を極めまして、二人の感想をまとめることの出来ぬまま時が過ぎてしまった為 “対話形式” の掲載は見合わせる事に致しました。
以下に鑑賞回数等 “まとめ” を記します。

本年は・・・
○寄席・落語会・・・42回(上半期22回・下半期20回)
○舞台・演劇・・・・19回
の鑑賞機会を得ました。

またblogに書き込んでおりませんけれども、プロ野球も今年は51試合(オープン戦2試合、ペナントレース45試合、クライマックスシリーズ3試合、侍Japan1試合)観戦をしております。
昨年は30試合でしたので随分と増えた感じ・・・。
肝心の “寄席通い” が野球の影響からか、昨年の23回から7回と減ってしまいました。

年初に『今年は芝居中心で行こう』と意気込んでいたのにも拘らず、舞台・演劇鑑賞は昨年18回、今年19回と変化なし・・・ (^^;
10、11、12月の国立劇場、三ヶ月連続の歌舞伎公演『忠臣蔵 全段通し』が印象的です。
余勢で12月は文楽公演の『忠臣蔵 全段通し』をも鑑賞し、まさに “忠臣蔵漬” の日々。
愉快な年末を過ごすことが出来ました。

噺の方では5月に柳家喜多八師匠が逝去される悲しい出来事がありました。
1月14日に開催された “にぎわい座 睦会” より、喜多八師の『やかんなめ』 を今年の印象高座と致します。


テさぁて(義太夫風に^^)、来年はどんな “変化” が生れますか・・・
気儘な毎日を過ごしておりますので予測も出来かねますが、
引き続き “生の魅力を楽しむ事” を基調に行動して参りたいと存じます。


2016年(平成28年)の喜洛庵寄席桟敷はこれにてお開き。
弊blogへお立ち寄りをいただきました皆様、大変にありがとうございます。御礼を申し上げます。
皆様方に於かれましても体調にご留意なさって先ずはお元気で過ごし下さい。

素敵な新年をお迎え下さいませ (^^)/




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2015年(平成27年)回顧 舞台・演劇篇

2015年(平成27年)回顧 舞台・演劇篇

私 『今年の〆に、噺以外のエンターテイメントについて振り返ろう』

家人 『今年は舞台鑑賞が多かった印象だわ』
私 『浅利先生が劇団四季から独立されて個人事務所公演が始まったりしたし、四季は四季で “新生” を意識したのか演目を廻したからね』
家人 『そういうことかぁ。 えぇと、1月は鑑賞が無かったのね? 2月からだわ。 劇団四季 “クレイジー・フォー・ユー” 、貴方の大好きな演目ね』
私 『松島ボビー、岡村ポリー、共に文句無し。素晴らしかったよ。好い舞台だったなぁ』

家人 『3月は一緒に歌舞伎に行ったわね。国立劇場の “梅雨小袖昔八丈” 、そしてまたまた “クレイジー・フォー・ユー” 、にぎわい座で演じられた “ひとみ座人形劇 弥次さん喜多さんトンちんカン珍道中” 』

私 『3月の “クレイジー” は宮田ポリーの初舞台の日だったんだよね。偶然にも』
家人 『どうでした?』
私 『歌唱が課題だろうなぁ。高音の我慢が効かずファルセットへ抜けるのが早い為に、肝心のポリーの “西部の女” って感じ、力強さ、が薄まってしまっていた。 ただ、岡村の時よりも松島ボビーのダンスの切れが冴えていたのは印象的だったね』
家人 『踊り易いのかしらね?』
私 『宮田がお初なので引っ張らないと、とリードに集中したのか・・・或いは共にダンサー畑出身ということで息が合ったのか。まぁ、その両方じゃないかなぁ?』

家人 『ひとみ座の “弥次さん喜多さん” も面白かったよね。あれ、どうして観に行こうって事になったんだっけ?』
私 『まぁ、にぎわい座で演るからチラシを見たのがきっかけだよね。それとね私が元住吉に住んでいたことがあってね、随分と以前なんだけれど・・・。 で、ひとみ座さんの近所にある中華料理店へよく通っていたんだよ。そんなこんなで親しみがあったんだね、ひとみ座さんに』

家人 『歌舞伎、面白かったわぁ』
私 『お隣の席の女性が、全部の指に指輪をしていたのが印象に残っているよ』
家人 『あらまぁ、でも親指にはしていなかったわよ。 貴方あちらから飴を貰ったでしょう?休憩時間に』
私 『いや・・・そうだったかな? 飴? 忘れちゃったよ。 橋之助丈や国生丈のこと、あと舞台の原話たる白子屋騒動についてお喋りしたのは覚えているけれども・・・。 ところでさ、演目はお馴染みの“髪結新三”だから、よく解ったろう?』
家人 『ええ。また連れて行ってよ!楽しかったし、雰囲気も素敵だったから』
私 『じゃあ、今度また解り易い狂言が掛かったら席を予約するとしよう』

家人 『4月は四季の “リトル・マーメイド” へ行ったわね。私、二回目の鑑賞だったけれども好かったなぁ』

私 『そしていよいよ “ポール・マッカートニー” となる訳だ』
家人 『去年、国立競技場まで行ってがっかりしたから、実際に始まるまで不安だったわ』
私 『まず来日初日の京セラドームへ行って、東京ドームの最終日にも行ったね』
家人 『 “大阪春の陣だぁ!” なんて張り切っちゃって、あれチケットお幾らしたの?』
私 『お金のことと前夜の仕儀は質問しちゃあいけない世界なんだぜ』
家人 『どこの “世界” に住んどるん?』
私 『ハハハ。兎にも角にも大阪の出だしの数曲で完全に “世界” へ入っちゃったね』
家人 『最初の日でset listが不明だったから余計に乗せられちゃったわね』
私 『Magical Mystery Tour、 Save Us、 Can't Buy Me Love、 Jet、この最初の四曲でノックアウトされたよ。凄かったなぁ』
家人 『二時間半、休み無し。凄い体力よね、ポールも』
私 『歌唱ってのは体力消耗が激しいからねぇ。しかし逆に考えると、腹筋を使うから自然とトレーニングになるのかなぁ? LIVEをこなすことで』
家人 『27日の東京ドームも行って、お腹一杯になったね』
私 『大阪を観ているから、東京は落ち着いた心持ちで余裕を持って観ることが出来たよ』

家人 『4月は、浅利先生の “オンディーヌ” へも行ったのね?如何でした?』
私 『浅利演出事務所の初公演。 素晴らしく “伝わってきた” 舞台だったよ。もう身体に染みてくるんだよなぁ、台詞の一言一言が。凄かったわ』
家人 『貴方、以前四季で中止になった時もチケットを予約していたものね。そうした意味からも貴方にとって待望の舞台だった訳よね』

私 『5月、6月は舞台には行っていないんだな』
家人 『ここらへんは野球が開幕して、毎晩ユニフォーム着て出掛けていたわよ、貴方』
私 『ヘヘヘ。あの頃はまさかこんなポストシーズンを迎えるとは思いもしなかったよ』
家人 『 “秋のプレイオフで要るから” ってグラウンドコートまで先に買っちゃってさぁ、 “売り切れちまう” とか言って』
私 『いや、ほら、私ゃ寒いの苦手だから』
家人 『一度も着ないで “終戦” やったやん』
私 『ファン感謝祭で着ましたよ!』

家人 『えーと・・・7月に恒例のだるま食堂。 そして8月は劇団四季の “王子とこじき” へ』
私 『blogにも何回か書いているけれども、四季の演目は所謂ファミリーミュージカルの方が出来映えが優れている様な気がするよ。 また観たいなぁ、って思う演目は、大抵がファミリーミュージカルなんだ』

家人 『9月に浅利演出事務所の “李香蘭” へ二回。 そして私の待望の劇団四季 “アラジン” 。 面白かったなぁ、 “アラジン” 。また行きたいわ』
私 『私も観に行きたいけれども・・・ “アラジン” は来年早々に “再来年上半期” つまり2017年1~6月の予約販売を開始する程の人気だからなぁ。ふらっと行こうって感じではないよ。一年以上先の予約を必要とするのだからね』

家人 『10月は四季の “コーラスライン” 、11月はお休みで、12月にまた浅利演出事務所の “李香蘭” へ二回。 そして暮れの恒例、だるま食堂。 お開きはつい先日観劇した劇団四季の “エルコスの祈り” ね』

私 『書き出しておこうかね』


○ “クレイジー・フォー・ユー” 2/26 四季劇場[秋]

○ “梅雨小袖昔八丈” 3/16 国立大劇場

○ “クレイジー・フォー・ユー” 3/20 四季劇場[秋]

○ “ひとみ座人形劇 弥次さん喜多さんトンちんカン珍道中” 3/28 にぎわい座

○ “リトルマーメイド” 4/4 四季劇場[夏]

○ “ポール・マッカートニー” 4/21 京セラドーム

○ “浅利演出事務所 オンディーヌ” 4/23 自由劇場

○ “ポール・マッカートニー” 4/27 東京ドーム

○ “だるま食堂LIVE” 7/25 にぎわい座

○ “王子とこじき” 8/23 自由劇場

○ “浅利演出事務所 李香蘭” 9/1 自由劇場

○ “浅利演出事務所 李香蘭” 9/11 自由劇場

○ “アラジン” 9/27 四季劇場[海]

○ “コーラスライン” 10/17 自由劇場

○ “浅利演出事務所 李香蘭” 12/3 自由劇場

○ “浅利演出事務所 李香蘭” 12/9 自由劇場

○ “だるま食堂LIVE” 12/19 にぎわい座

○ “エルコスの祈り” 12/23 自由劇場


家人 『映画は一回、007スペクターだけね。 ところで野球は何試合行ったの?』
私 『・・・30試合かな。勝率は驚くなかれ五割なんだよ。 他チーム同士の対戦も数試合観戦しているから、実際には33~4試合になるかも知れない』
家人 『奇跡的だわ!五割だなんて!』
私 『勝ち負けは気にしていないのだけれどもね、私は。 真剣勝負の中での好playを観たいんだな。要するに』
家人 『東京ドームの最終戦、巨人-ヤクルトの試合が野球観戦の〆だったけれども、高橋由伸選手の現役最後の試合になるなんて・・・思わなかったなぁ、あの時には』
私 『あの試合のチケットを譲ってくれた Mさんと “来シーズンは京セラドームへ遠征しよう” って話がまとまりつつあるのだよ』
家人 『わぁ、楽しみだわぁ』

私 『来年も健康に留意しながら、芝居を、それと野球観戦も大いに楽しもう!』


というところで、本年の喜洛庵寄席桟敷はお開き。

今年は・・・
寄席・落語会へ71回(昨年105回)。また舞台は18回(昨年11回)鑑賞する機会を得ました。
来年も大いに落語、演劇、そしてスポーツ観戦を楽しみたいと思います。

弊blogへお立ち寄りいただいた皆様、誠にありがとうございます。心より御礼を申し上げます。
佳い新年をお迎え下さい。





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2015年下半期回顧 その2 10~12月

2015年(平成27年)下半期回顧 その2 10~12月

私 『いよいよ最終四半期、10月・11月・12月だ』

家人 『10月は8日の JTアートホールの白酒師独演会からよ』
私 『にぎわい座でよくお見かけするご定連に最前列中央席のチケットを譲っていただいて・・・このJ亭落語会って、入手の難しいプラチナチケットなんだよ。その会の特等席を・・・ありがたかったなぁ』

家人 『この晩は、白酒師 “金明竹” 、 “風呂敷” 、 “首ったけ” 。助演のめぐろさんが新作の “ニワトリ” だったのよね』
私 『お家芸の“首ったけ”が印象的だね。紅梅花魁と若い衆の遣り取りを “如何にも” といった風情で活写してくれていたよ。面白かった。 あとスケのめぐろさんも落ち着いた高座っ振りで好かったねぇ。 看板真打の、それも東京の真ん中での独演会。席亭はあの K氏。最前列の私のお隣では高名な評論家先生が逐一メモを録っていらっしゃる。 そんな、大緊張してもおかしくは無い環境下で平生と変わらぬ高座が勤められるってのは、力がある証左だよ』

家人 『10月の五拾三次はお題が間男』
私 『珍品の “二階の間男” 、そしてお家芸の “風呂敷” 、 “つづら” 。そして驚くなかれ、仲入後に “玄冶店” の豪華四席だったんだよね』
家人 『仲入後に雲助師匠が “後席は玄冶店を” と言った瞬間、どぉ~!っとどよめきが起きて、一呼吸して大拍手だったわね』
私 『まさかねぇ、もう三席演った後に “玄冶店” だなんて私も考えもしなかったよ。 仲入休憩の時に君に訊かれたから “駒長じゃないか?”って応えたの覚えてるかい?』
家人 『貴方が一番びっくりしていたかもね、あの時は』
私 『いやぁ、面目ない。既に三席演っていたので、軽い噺で跳ねるとばかり・・・恥ずかしいね』

家人 『10月18日(日曜日)の鈴本10中昼って? あぁ、これは川柳師匠の芝居かぁ』
私 『古い友人と書斎派の友人、それと私の三人で “ガーコン” を聴きに行ったのさ』
家人 『お元気だった?川柳師匠』
私 『喋り声がやや細くなったかも知れないね。しかし歌声は健在、まだまだお元気だよ』
家人 『日曜だから概ね分かり易い噺だったみたいだけど・・・どう?印象高座はある?』
私 『この日は権太楼師の “代書屋” が群を抜いた出来。 それともう一席、小燕枝師の “権助提灯” 。 勿論主任川柳師の“ガーコン ~ラ・マラゲーニャ” も挙げておかなきゃね』

家人 『10月の研究会は主任一朝師 “大工調べ” 、仲入は雲助師 “文違い” 。他に一之輔師、生志師の出演ね』
私 『雲助師匠の“文違い”は流石の出来だったなぁ。途中携帯電話の着信音が鳴る事故があったけれども、文句なく印象高座ですな』
家人 『一朝師は?』
私 『期待値が高かっただけに、ちょっと・・・。 一之輔師は師匠が一緒の所為か遠慮がちの高座だったしなぁ。 生志師もなんだか時間を持て余していて、論外だったし・・・。 結局普段通りの高座を勤めた雲助師が一番だったよ』

家人 『11月は白酒ばなし、そして雲助師独演会、落語アトランダムと、にぎわい座へ三回続けて行っているわね』
私 『白酒ばなしから “錦の袈裟” 、雲助師独演から “夜鷹そば屋” を印象高座に挙げましょう』

家人 『落語アトランダムは?』
私 『この会は今春真打昇進した小傳次師とさん助師の “横浜での披露目” だったのだけれども、何だってまた “落語アトランダム” なんて名付けたのかなぁ、それが先ず疑問だよ』

家人 『お師匠さんのさん喬師、それに副会長の正蔵師も出演されて、本格的な御披露目よね。好かったのでしょう?』
私 『好かったねぇ。さん喬師は十八番の “棒鱈” 、正蔵師これまた十八番の “西行鼓ヶ滝” 、ともに素晴らしい高座だった。 籤引で出演順を決めたのだけれども、最後に上がったのはさん助師。 もう9時を回っていたんだよ、上がった時点で。 お客席もへとへとな訳だ。 何せ既に前座、二つ目、そして主任根多を三席 (小傳次師 “佐々木政談” ) と落語を五席聴いている上に、出演順の籤引、更にきちんとした真打昇進襲名披露口上もしたのだからね。 そんな環境下で長講 “占い八百屋” を繰り出して客席を大笑いさせたのだから、さん助師の腕には舌を巻いたよ』

家人 『11月の五拾三次はお題が鳶だったわね』
私 『この晩の雲助師は風邪気味とのことで、珍しく調子を欠いた高座だったなぁ』

家人 『11月はあと小満ん師の関内の会、そして落語研究会よ』
私 『この関内の小満ん師の会は素晴らしかったなぁ』
家人 『この晩も Fさんとご一緒したのよね?』
私 『そうそう。小満ん師 “猫の皿” 、 “甲府い” 、 “試し酒” 、凄かったなぁ。三席揃えて来たんだ。神がかった出来だったよ。三席ともに印象高座だね』

家人 『研究会は?』
私 『新口で上がった朝也さんの “代脈” が出色の高座だった。 もうね、上がって来るところから登場人物の “銀杏” になりきっていたよ。面白かったなぁ』

家人 『さぁ、いよいよ今月、12月よ。・・・貴方、鈴本演芸場の “芝浜を聴く会” に四日間行きましたね?』
私 『何だか取り調べみたいだなぁ。まぁ、ホームラン先生も出演されていたけれどもね^^』
家人 『初日、甚語楼師匠の高座の途中に滑り込んだのよ、私は』
私 『そうだった! 白酒師の晩は君も後から駆けつけたのだったね? その “滑り込んで最後列に座った時” に演じられていた甚語楼師の “犬の目” 、そして白鳥師の “千葉棒鱈” と主任白酒師の “芝浜” が好かったと思う』
家人 『白酒師の “芝浜” 、愉しかったわぁ』

私 『翌日の主任は雲助師匠。この日も早くから出掛けて一緒に並んだのだったね』
家人 『甚語楼師、彦いち師、志ん輔師、そして一朝師と雲助師、全部好かった!』
私 『文左衛門師は仲入で “笠碁” を掛けてくれたし、この晩もまた “名人競演の夜” だったね。真打の高座六本全てが印象高座だよ』

家人 『五日目と六日目は?』
私 『鈴本仲日から甚語楼師 “権助芝居” そして龍玉師 “芝浜” を。 六日目もまた爆笑の渦を巻き起こした甚語楼師 “猫と金魚” 、町人の会話が傑作だった一朝師 “岸柳島” 。 そして細かな演出を丹念に積み重ねて丁寧に丁寧に心理描写をしてくれた文左衛門師の “芝浜” 。 素晴らしかったなぁ、この晩もまた』

家人 『五拾三次のお題は、大晦日Ⅱ だったわね』
私 『客演に小満ん師を迎えて、雲助師が “二度目の清書” と “掛取万歳” 。 両席ともお見事でした。 そして主任に上がった小満ん師が、これまた素晴らしい “芝浜” で今年を打ち上げてくれた』

家人 『私、11月のにぎわい座独演会で聴いた “掛取万歳” よりも、この時の方が面白かったのだけれども、何故かしら?』
私 『にぎわい座の時は、次の掛取がやってくるまでの夫婦の会話を若干割愛したから、間が違ったのだろうね。 確かにこの晩の “掛取万歳” の方が完成度は高かったと思う』

家人 『今年のお開きは25日の落語研究会ね』
私 『白酒師 “御慶” 、扇遊師 “彌次郎” も面白かったけれども、ここからは小せん師の素敵に軽い語り口調が活きて実に不思議な味わいだった “ふぐ鍋” と、舌先三寸で天狗をたぶらかして鞍馬山からまんまと逃走。 宝船に落ちて七福神とまたまた宜しく酒杯の遣り取りをするという荒唐無稽且つ極めて調子の良い男を飄々と演じた小満ん師の “羽団扇” を印象高座に挙げて、今年のお開きと致しましょう』

家人 『10月~12月をまとめておきましょうか』


○白酒師(10/8 J亭落語会) “首ったけ”

○めぐろさん(10/8 J亭落語会) “ニワトリ”

○雲助師(10/13 五拾三次) “二階の間男”

○雲助師(10/13 五拾三次) “つづら”

○雲助師(10/13 五拾三次) “お富与三郎 玄冶店”

○権太楼師(10/18 鈴本10中昼) “代書屋”

○小燕枝師(10/18 鈴本10中昼) “権助提灯”

○川柳師(10/18 鈴本10中昼) “ガーコン”~ラ・マラゲーニャ

○雲助師(10/28 落語研究会) “文違い”

○白酒師(11/5 にぎわい座白酒ばなし) “錦の袈裟”

○雲助師(11/8 にぎわい座独演会) “夜鷹そば屋”

○正蔵師(11/12 落語アトランダム) “西行鼓ヶ滝”

○さん喬師(11/12 落語アトランダム) “棒鱈”

○さん助師(11/12 落語アトランダム) “占い八百屋”

○小満ん師(11/18 柳家小満んの会) “猫の皿”

○小満ん師(11/18 柳家小満んの会) “甲府い”

○小満ん師(11/18 柳家小満んの会) “試し酒”

○朝也さん(11/24 落語研究会) “代脈”

○甚語楼師(12/11 鈴本12中夜) “犬の目”

○白鳥師(12/11 鈴本12中夜) “千葉棒鱈”

○白酒師(12/11 鈴本12中夜) “芝浜”

○甚語楼師(12/12 鈴本12中夜) “花色木綿”

○彦いち師(12/12 鈴本12中夜) “遥かなるたぬきうどん”

○志ん輔師(12/12 鈴本12中夜) “豊竹屋”

○文左衛門師(12/12 鈴本12中夜) “笠碁”

○一朝師(12/12 鈴本12中夜) “湯屋番”

○雲助師(12/12 鈴本12中夜) “芝浜”

○雲助師(12/14 五拾三次) “二度目の清書”

○雲助師(12/14 五拾三次) “掛取万歳”

○小満ん師(12/14 五拾三次) “芝浜”

○甚語楼師(12/15 鈴本12中夜) “権助芝居”

○龍玉師(12/15 鈴本12中夜) “芝浜”

○甚語楼師(12/16 鈴本12中夜) “猫と金魚”

○一朝師(12/16 鈴本12中夜) “岸柳島”

○文左衛門師(12/16 鈴本12中夜) “芝浜”

○小せん師(12/25 落語研究会) “ふぐ鍋”

○小満ん師(12/25 落語研究会) “羽団扇”


家人 『この四半期は寄席・落語会へ17回行っているわね。印象高座は三十七席』
私 『ということは・・・下半期は26回の鑑賞。印象高座は五十二席だね。 通算すると・・・2015年(平成27年)は、寄席・落語会へ71回出掛けて、印象高座は一〇八席かな?』
家人 『煩悩の塊だわね』
私 『明日、除夜の鐘で祓っていただこう』
家人 『ハハハハハ^^』




【明日、31日に “2015年回顧 舞台・演劇篇” を掲載致します。】


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2015年下半期回顧 その1 7~9月

2015年(平成27年)下半期回顧 その1 7~9月

私 『ふぅ、やっと下半期突入かぁ』
家人 『今年は事情があったから仕方無いけれども、来年は四半期毎にちゃんと総括しましょうよ。こうして一年間を連続した数日で回顧するのって大変だもの』

私 『そうだね。 さて・・・7月は五拾三次からだったね、7月5日の日曜昼席でお題が祭』
家人 『 “祇園祭” と “佃祭” 。 “祇園祭” は本当の通しで “三人旅” から入って “およく” で下げたのよね』
私 『 “およく” は初めて聴いたよ』
家人 『いくらお座敷遊び、酒の上での冗談でも “俺は隠亡だ” なんて言わないわよ。演じられないのも理解出来るわ』
私 『噺の盛衰と言うのか、時代の流れでお客席の受け止め方も変化するし、改めて高座の今昔を感じた一席だったね』

家人 『お次は研究会ね。 7月の研究会は、小三治師匠が主任で “青菜” 、仲入は小満ん師 “怪談乳房榎~重信殺し” 』
私 『小満ん師は6月の例会で “おきせの危機” を演っていて “怪談乳房榎” を二月続けて口演したんだよ。 前月の “おきせの危機” も好演だったけれども、この晩の “重信殺し” はまた一層凄かったぞぉ。何だか暗闇で目を凝らして現場を一部始終目撃している様な錯覚に陥ったよ』

家人 『7月はあと鈴本の雲助師匠の芝居よ』
私 『ここも Fちゃんと行ったんだ。この日(7/28)は物凄かったんだよ。 素晴らしい出来映えの高座が次から次へと・・・ 正真正銘の名人競演の晩だったんだ』
家人 『主任の雲助師匠は “佃祭” ね?』
私 『そう。でね、小里ん師が “かぼちゃ屋” 、一朝師 “蛙茶番” 、菊丸師が “宗論” 。 仲入の馬石師の “出来心” も好演だったのだけれども、その好演が霞んでしまう程に他の師匠方が揃えて来たんだよ』
家人 『それぞれの師匠方の十八番が並んだ訳よね?』
私 『その通り!』
家人 『寄席ってそういう日があるから余計に面白いわね。火曜日だったのよね?平日なのに・・・』
私 『全くだねぇ。何か流れがあるのだろうなぁ。まぁ平日の薄い時の方が “熱演” 、 “力演” に出くわすことが多い傾向にあるけれどもね。 しかしつくづくホールより寄席だね、寄席が一番だ』
家人 『貴方が秘かに応援しているふう丈さんも開口一番で出演したみたいだし、佳い晩になったわね』
私 『一年に一度遭遇することが出来るか否か、ってぐらいの名演揃い。 色物の先生も アサダ二世先生、 正楽師匠、 ホームラン先生と、私のお好みの先生、師匠揃い・・・ 幸せだったなぁ。 Fちゃんも喜んでいたよ』

家人 『8月の五拾三次のお題は怪談だったわね』
私 『 “四谷怪談 ~お岩誕生~” と “お菊の皿” ね』
家人 『お岩さんてああいう生まれだったんだね?』
私 『そうそう。あの出生にして・・・って感じね。 あと、この噺の枕で雲助師が “東海道四谷怪談” の演題の由来・・・四谷の噺なのに何故 “東海道” なのか・・・ 蘊蓄を授けてくれたのだったね。 “四谷じゃあ甲州街道じゃないのか?” なんて言いながら』
家人 『五拾三次の “東海道” ではなく “東” “街道” なのよね?』
私 『 “東” の前は “吾妻街道” と称していたって雲助師匠が教えてくれたんだったね』
家人 『そもそも “四谷” が “市ヶ谷、四谷” の “四谷” でもない、押上の先の・・・なんて全然知らなかったわ』

私 『8月はあと、にぎわい座の白酒ばなしだ。 “短命” 、 “四段目” 、“青菜” 。 ここからは “四段目” を印象高座に。 蔵へ放り込まれた定吉の視線の動きで前後左右の空間を描写して、客席へ立体感をもたらしてくれたんだ。お見事。秀逸だったよ』

家人 『8月の最後は研究会。主任が喜多八師匠 “らくだ” 、仲入は圓太郎師で “祇園祭” ね』
私 『 “らくだ” 好かったんだよなぁ。凄い迫力だったよ。 圓太郎師お家芸の “祇園祭” ともども印象高座だね。 あと喬太郎師も “宗漢” を大真面目に演ってくれて面白かったなぁ』

私 『9月も五拾三次からだね。 “寝床” 面白かったなぁ』
家人 『二つ目の時以来、って事だったわね。私も凄く印象に残っているわ、この晩の “寝床” は』

私 『あとは関内の小満ん師の会、そして研究会か』
家人 『この晩の小満ん師匠はどうだったの?』
私 『 “岸柳島” 、“三人息子” 、 “井戸の茶碗” だったけれども、“岸柳島” が出色の出来映えだったね。枕の隅田川の橋の蘊蓄も含めて、如何にも小満ん師匠らしい高座だったよ』
家人 『あとは研究会ね。主任市馬師匠 “お神酒徳利” 、仲入は権ちゃんで “猫の災難” 』
私 『二席ともに印象高座だね。権太楼師の “猫の災難” はより洗練されて来た印象で、後味が抜群に好くなっていたし、市馬師の “お神酒徳利” は “通し” をだれることなく演ってくれました』

家人 『まとめましょう』


○雲助師(7/5 五拾三次) “祇園祭(三人旅~祇園祭~およく)”

○小満ん師(7/10 落語研究会) “怪談乳房榎~重信殺し”

○小里ん師(7/28 鈴本7下夜) “かぼちゃ屋”

○一朝師(7/28 鈴本7下夜) “蛙茶番”

○菊丸師(7/28 鈴本7下夜) “宗論”

○雲助師(7/28 鈴本7下夜) “佃祭”

○雲助師(8/7 五拾三次) “四谷怪談 ~お岩誕生~”

○白酒師(8/11 にぎわい座白酒ばなし) “四段目”

○圓太郎師(8/31 落語研究会) “祇園祭”

○喬太郎師(8/31 落語研究会) “宗漢”

○喜多八師(8/31 落語研究会) “らくだ”

○雲助師(9/14 五拾三次) “寝床”

○小満ん師(9/24 柳家小満んの会) “岸柳島”

○権太楼師(9/28 落語研究会) “猫の災難”

○市馬師(9/28 落語研究会) “お神酒徳利”


私 『印象高座は十五席だね』
家人 『この下半期前半(7~9月)は寄席・落語会に9回、ちょうど毎月3回づつよ』
私 『これくらいのペースだと落語に対する飢餓感が出て来て、朝起きると “寄席へ行きたいなぁ” って感じになるんだよなぁ』
家人 『体力的にも好い間隔じゃあないかしら。 週に3回、4回と行っている時は貴方、相当疲れた顔になっているわよ』
私 『そうかい?』
家人 『今度、写真撮ってあげるわよ。寄席から帰ってきた時の疲れた表情を』
私 『止せやい、三方ヶ原の合戦でもあるまいし』
家人 『ハハハ。 だけどまぁ適度に飢餓感を生ずるぐらいが好いのじゃない?』
私 『それは言えるね』




【2015年(平成27年)下半期回顧 その2 10~12月篇は、今夕(12月30日、夕刻)掲載致します。】




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2015年上半期回顧 その2 4~6月

2015年(平成27年)上半期回顧 その2 4~6月

私 『4月はらくだ亭からですな』
家人 『一朝師が啖呵で言い間違えをしたのね?』
私 『うむ。 “包丁” でね。この晩は何か全体的に・・・さん喬師匠も調子を欠いた感じだったし・・・おかしかったなぁ』
家人 『何かあったのかしら?』
私 『米朝師匠が亡くなって二週間程経った頃なのだけれども・・・それも一因かも知れないね』

家人 『五拾三次はお題が狸。 “強情灸” 、 “愛宕山” 、 “お若伊之助” だったわね』
私 『ここは何と言っても “愛宕山” だなぁ。金に嫌悪感を抱いているが如くの旦那の造形が抜群だったよ』

家人 『続けて雲助師、にぎわい座の独演会は “持参金” と “おせつ徳三郎” ね。私、仲入後の“刀屋”が凄く印象に残っているわ。徳三郎の切羽詰まった描写が圧倒的だったわよ』
私 『傑作だったね。素晴らしい一席だった』
家人 『4月は、あと国立の志ん輔師 “累ヶ淵連続口演” 、それから鈴本演芸場の “紙切り百年 正楽三代展 記念公演” 。そして落語研究会ね』
私 『鈴本で久し振りに聴いた小ゑん師の “ぐつぐつ” は印象高座だね。研究会は定連席をIさんのお骨折りで譲っていただいて一年間12回を通して鑑賞出来る様になったのだけれども、これはありがたかったなぁ』

家人 『5月は・・・貴方Fさんと鈴本の権ちゃんの芝居に行ったのね』
私 『そうそう。連休明けの7日にね。龍玉師の “夏泥” を久し振りに聴いたけれども矢張り面白かったなぁ。そして権太楼師匠は “三枚起請” 、素晴らしかったよ』
家人 『龍玉師の “夏泥” は私も次の週のにぎわい座雲助一門会で聴くことが出来たのだけれども、本当面白いよね』
私 『一門会の白酒師 “佐々木政談” 、雲助師 “辰巳の辻占” 、主任馬石師の “居残り佐平次” の三席は印象高座だね。 “夏泥” は直前に鈴本で聴いて印象高座に挙げちゃったからそちらを優先するけれども、この晩は四席揃って好高座。恐れ入ったなぁ』
家人 『雲助師匠始めお弟子さんも揃っていつも同じように上手に演る事が出来るのは、矢張り稽古熱心だからなのかなぁ?』
私 『うむ。心構えと言うのか・・・。兎にも角にも素晴らしい一門だね。穴が見つからないよ』

家人 『五拾三次の “吉例 髪結新三” の後はにぎわい座の志ん輔三昧。鈴本の龍玉師匠の芝居、そして研究会ね』
私 『もう何回も聴いているけれども五拾三次の “髪結新三” は堪能したねぇ』
家人 『三月に歌舞伎で観ているから、余計に楽しめたわ』
私 『そりゃあ何よりだった』

家人 『にぎわい座の志ん輔師は?』
私 『 “井戸の茶碗” と “寝床” 。両方とも印象高座ですな。鈴本の龍玉師は殺人研究会で聴いたことのある “札所の霊験” 』
家人 『確か根多下ろしだったのよ、日本橋亭が。水司又市がお坊さんになっているのよね?』
私 『で、昔馴染みの女郎と再会して・・・凄かったわぁ、迫力が。文句なく印象高座!』
家人 『5月の研究会は?』
私 『主任で柳家のお家芸 “へっつい幽霊” を素晴らしい速度感で好演した権ちゃんの一席が飛び抜けて素晴らしかったよ』

家人 『上半期の最終月、6月ね』
私 『最初はらくだ亭だね。雲助師匠の “木乃伊取り” の飯炊き清蔵の酔っぱらっていく描写が抜群だったね』
家人 『続いて親父四人衆、のれん噺』
私 『喜多八師匠の “七度狐” が “鈴振り” そして “落ち武者” を枕にするという贅沢な一席で圧倒的に面白かったね』
家人 『私、喜多八師匠がどうも苦手だったのだけれども、いつか聴いた “もぐら泥” と、この日の “七度狐” で逆に贔屓になっちゃったのよ』
私 『だろう?巧いんだよ、素敵な味わいだし』
家人 『これから喜多八師匠を意識して聴く事にするわ』

私 『え~と、お次は五拾三次だね』
家人 『 “宗論” 、 “大山詣り” 、 “景清” の三席。矢張り “景清” よね?』
私 『明るい味わいなんだよね、雲助師匠の “景清” は。余り湿っぽくないの』
家人 『だけど眼が開かなかった時は可哀想だったわ』
私 『ハハハ。まぁ、あれでも明るい演出なんだよ、他の師匠方に比べたら』

家人 『文菊師匠、白酒師とにぎわい座独演会が続いたあと、国立で志ん輔師の独演会』
私 『白酒師の “あくび指南” と志ん輔師 “火焔太鼓” かな、ここは』
家人 『文菊師匠は?』
私 『悪くないんだけれども、もう一つ私のつぼが圧されない感じなんだよなぁ。好みかなぁ?噺の解釈がほんの僅かながら私と違うのかも知れないね』
家人 『色々な解釈があって、演出の力点が違うから面白いのだし、様々な形が楽しめるのよ』
私 『そうだね、その通りだ』

家人 『上半期の最後は、深川の “雲助の弟子でござる” と研究会ね』
私 『深川の会から龍玉師の “子は鎹” を!。熊五郎の表情でその内心を顕した至芸を発揮してくれたんだ』
家人 『雲助師匠のお弟子さんらしく、話芸だけではなく芝居要素も多く含まれるのよね』
私 『好かったよなぁ。あと研究会から小里ん師の“提灯屋”を挙げておこう。食いつきの出番だったけれども、素晴らしい出来映えだったんだ』

家人 『まとめておきましょうか』


○小満ん師(4/2 人形町らくだ亭) “長屋の花見”

○雲助師(4/6 五拾三次) “愛宕山”

○雲助師(4/11 にぎわい座独演会) “花見小僧” ~ “刀屋”

○小ゑん師(4/24 鈴本4下夜) “ぐつぐつ”

○雲助師(4/30 落語研究会) “代書屋”

○龍玉師(5/7 鈴本5上夜) “夏泥”

○権太楼師(5/7 鈴本5上夜) “三枚起請”

○白酒師(5/12 にぎわい座雲助一門会) “佐々木政談”

○雲助師(5/12 にぎわい座雲助一門会) “辰巳の辻占”

○馬石師(5/12 にぎわい座雲助一門会) “居残り佐平次”

○志ん輔師(5/15 にぎわい座志ん輔三昧) “井戸の茶碗”

○志ん輔師(5/15 にぎわい座志ん輔三昧) “寝床”

○龍玉師(5/25 鈴本5下夜) “札所の霊験(七兵衛殺し)”

○権太楼師(5/29 落語研究会) “へっつい幽霊”

○雲助師(6/1 人形町らくだ亭) “木乃伊取り”

○喜多八師(6/7 のれん噺) “七度狐”

○雲助師(6/8 五拾三次) “景清”

○白酒師(6/15 にぎわい座白酒ばなし) “あくび指南”

○志ん輔師(6/18 マイ・ド・セレクション) “火焔太鼓”

○龍玉師(6/25 雲助の弟子でござる 其の六) “子は鎹”

○小里ん師(6/30 落語研究会) “提灯屋”


家人 『4~6月の印象高座は二十一席。1~3月が三十五席だったので半年で五十六席・・・』
私 『席と隻の違いはあれども連合艦隊司令長官だね。 しかし、この上期後半の三ヶ月は落語の他にも芝居やらコンサートやらで忙しかったよなぁ』
家人 『ポールの京セラ公演に遠征も行っているし、そもそも野球が始まって凄い勢いで観戦しに行ったものね』
私 『そうだった、そうだった。野球ね。忘れていたよ』
家人 『忘れたい気持ちも理解出来なくもないけれどもね』
私 『ハハハ、まぁまぁ勘弁してくれよ。え~と上半期の落語関係は45回の鑑賞、そして印象高座が五十六席だね』
家人 『矢張り4~6月は鑑賞回数が若干減ってはいるのね』
私 『1~3月は24回、4~6月が21回だから多少ね』
家人 『鑑賞出来るのはそれだけ元気だって証だから・・・』
私 『健康第一で頑張ろう!』



【2015年(平成27年)下半期回顧 その1 7~9月篇は、明日12月30日に掲載致します。】



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喜洛庵上々 (きらくあん しょうしょう)

Author:喜洛庵上々 (きらくあん しょうしょう)
喜洛庵寄席桟敷へお越しいただきまして、ありがとう存じます。
寄席、落語会、舞台などの鑑賞記を綴って参ります。

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