浅利慶太氏 逝去 

本日(7月18日)、浅利慶太氏の訃報に接しました。
ご生涯は7月13日、悪性リンパ腫闘病の末・・・と報じられています。
享年85歳。

劇団四季の創立メンバー。
四季では初日の劇場ロビーで、浅利演出事務所となってからは初日に限らず毎日『お出迎え』をされておいででした。

最後にお見掛けしましたのは、今年4月13日の自由劇場『李香蘭』
浅利氏なくして日本の近代商業演劇、特にミュージカル演劇は語れますまい。
巨星墜つ。
心よりご冥福をお祈り申し上げます。



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雲一里 7/4

 7月 4日(水)雲一里 雲助一朝小里ん三人会 日本橋劇場

雲一里、第三回の今夜は小里ん師『子別れ(通し)』、雲助師『もう半分』、一朝師『蛙茶番』。
前回が3月8日でしたので、四ケ月振りですね。
長い鑑賞歴を持つ友人と二人連れで日本橋劇場。


◆金原亭駒六 『強情灸』
灸医の『妙な訛』が印象的。
急ぎ足でしたが、前座さんとすれば水準以上の高座と思いました。

◆春風亭一朝 『蛙茶番』
一朝師、寄席の十五分の尺でもこの噺を掛けますが、今夜は “主任の尺” で。
軽妙な会話描写を重ねて絶妙の速度感で演ってくれました。

◆五街道雲助 『もう半分』
怪談噺らしく高座・客席照明ともに輝度を落としての高座。
心なしか冷房も強め^^;
十八番の芝居掛でしたけれども、以前に比べると『あっさり目』の演出。
居酒屋夫婦の悪党振りを薄め、更に爺の恨み描写も若干淡泊だった為でしょうか、後半部の『祟り』がやや浮き気味でした。
『後味を少しでも良くしよう』との試みなのかしら?
夫婦、特に内儀を『圧倒的な悪』にしないと噺が活き活きとしない様にも思われましたが・・・。
雲助師、 “多数派” の女性客を意識したのかな?

~仲 入~

◆柳家小里ん 『子別れ(通し)』
“上” の『強飯の女郎買い』が珠玉の出来。
熊と紙屑屋の長さんの遣り取り、面白かったなぁ。そして帰宅から縁切りまでの描写もお見事。
他の演者は地で済ませることの多い “中” の『浮名のお勝』も比較的たっぷり目。
会話描写とともに略筆乍らお勝が寝床で莨を呑む場面を挿入してくれました。
これ風景が浮かびましたなぁ。
“下” は少し駆け足気味でしたが、親子三人と番頭の心の籠った科白の応酬が素晴らしい。
下げは(玄翁を母子の場面で仕込んでいたのですが) “子は鎹” ではなく、夫婦固めの盃を勧める番頭と熊の遣り取りで『河岸を替えましょうよ』、『どうして?』、 『鰻屋だけに、また裂かれちゃぁいけねぇ』。
終演時間を気にしての “この下げ” なのか、最初からこの下げと決めていたのかは判りませぬが、いかにも小里ん師らしいすこぶる好ましい下げだなぁと思います。粋でした。
長講一時間。好高座。


つい若い時の心持ちになり、洋食屋で追加料理を一皿注文し友人とシェアした為に会場到着時は “大満腹” 。
睡魔と闘う前半となってしまいました。
二人して『歳を忘れちゃいかんな』など喋りながら『そう言えば野球どうなった?』
ラジオを聴きながらホームタウンへ。




Tag:落語会・寄席  Trackback:0 comment:0 

プロフィール

喜洛庵上々 (きらくあん しょうしょう)

Author:喜洛庵上々 (きらくあん しょうしょう)
喜洛庵寄席桟敷へお越しいただきまして、ありがとう存じます。
寄席、落語会、舞台などの鑑賞記を綴って参ります。

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