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2019年(平成31年・令和元年)回顧

2019年(平成31年・令和元年)回顧

本年は・・・
○寄席・落語会・・・43回(昨年23回)
○舞台・演劇・・・・・7回(昨年 7回)
の鑑賞機会を得ました。
寄席、落語会へ随分と出掛けましたなぁ。
まぁ一昨年は34回、その前年は42回ですので去年の23回ってのが少ないのですな。
“元へ戻った” と言うべきかしらん。

プロ野球は25試合。
昨年30試合、一昨年は46試合ですから、此方は確実に減少傾向。
横浜はリーグ2位でしたけれども、これ “普通の監督” でしたらぶっちぎりで優勝した筈。
澱の残るシーズンとなりました。
来シーズンは20~22試合程度の観戦でお開きにしたいと考えています。


今年の印象高座は五席。
3月6日、鈴本夜席「雲助江戸噺」に於ける、雲助師『淀五郎』。
芸の伝承を細密描写。
團蔵、仲蔵両親方の鋭い眼光に客席の私も大緊張。まるで淀五郎の心持ち。
愉快かつ粋に決めてくれる芝居場面もまた圧倒的迫力。

二席目も同じ芝居。
3月9日、鈴本夜席「雲助江戸噺」より、雲助師『中村仲蔵』。
夫婦の情愛、師弟の繋がりを、江戸前の雰囲気で活写。
下げ直前、傳九郎、團十郎、仲蔵、新旧師弟三人で交わされる温かい会話風景が印象的。
私の「仲蔵ショック」(淡い期待を抱きつつ出掛けた国立名人会(2月24日)で思いもよらぬ不出来な『仲蔵』を聴いた為に発症)を払拭してくれた珠玉の一席。
雲助師独自の粋な下げが快適な余韻をもたらしてくれました。
(私、この噺を聴く度に不思議に思うのですが、講釈や噺に残る程の “名演” とされる “ずぶ濡れの定九郎が駆出てくる仲蔵の演出” は、なぜ現代に残っていないのでしょう?)

4月10日、鈴本夜席の龍玉師『夢金』。
当日はそれこそ「雪でも降るのじゃないか?」という寒い晩でしたが、その雪、寒さ、風音そして静寂、実に見事な描写。
声を潜め狡猾な表情で謀をめぐらす船上の二人。流石 “殺しの龍玉” と言ったところ。
その秀逸な描写力により、私 “行燈の焔の揺れ” まで感じられました。
雲助師譲りの綺麗な下げもまた心地良し。

10月16日、国立昼席から、小里ん師『笠碁』。
店先を往来する碁敵を顔を全く動かさず、目だけで追う非常に現実味を帯びた演出。
新鮮な驚きを禁じ得ませんでした。
落語は座敷芸なのだと再認識させられた一席。
下げへの速度感もまた素晴らしい。まさに名演。

五席目も小里ん師。
10月30日、雲一里に於ける『お直し』。
夫婦の濃密な会話の遣り取りが実にお見事。語り芸として完成した領域と感じました。
『廓噺は小里ん師だョなぁ』と思い知らされた素晴らしい高座でした。

番外ながらもう一席。
2月26日、とみん特選寄席夜席より、喬太郎師『掛取り』。
噺そのものも喬太郎師らしい改作で愉快極まりない一席でしたが、膝の正楽師紙切で “ボヘミアンラプソディー” のお題が異様な盛り上がり方をしたあとの主任高座。
『この大騒ぎのあと、一体どうやって噺へ入っていくのだろう?』 と興味津々の客席を、更に大きく沸かせてくれた稀有な高座でした。
また、この日は演者の紡ぎが素晴らしく、会場全体が 「何年かに一度遭遇出来るかどうかの “神懸かった空間” 」 となりました。


さて来年。
月例のTBS落語研究会は新年度更新をしない方針。
私が歳をとったという事でしょう “落語五席をみっちり” というのが辛くなって来ました。
また、TBSが好んで起用する噺家さんの内、数名の高座が “落語研究会へ出演する水準に至らない” と感じます。
(印象高座に研究会の演目が一席も入らないってのが象徴的ですなぁ。)
まっ、私の好みが先鋭化して、鑑賞の許容範囲が狭くなっているのでしょうね。
噺は寄席中心の鑑賞となりましょう。

私、今年 8月・9月・12月の三月、 “芸能鑑賞は落語研究会のみ” でした。
来年の4月以降、 “芸能鑑賞が一度も無い月” が発生する可能性もあります。
まぁ、映画鑑賞をも加えれば “何も無い月” は発生しませんけれども、弊喜洛庵blog は原則としてライヴ以外を記事対象にしておりません。
芸能に触れない月、 “芸無月” があっても好いかとも考えております。

芝居は引き続き国立劇場の歌舞伎が主となりましょう。
矢張り芝居は “通しで観るのが本寸法” という気が致します。
国立劇場、10月から明1月の座組を、高砂屋~播磨屋~高麗屋or成駒屋~音羽屋って順で廻してくれると非常に嬉しいのですが、無理ですかね?
いま10月恒例の成駒屋を高砂屋に差し替えて、12月の高麗屋は成駒屋と隔年にして欲しいなぁ。
役者を観たいのじゃぁないのですからね、国立の客は。
芝居を観たいのだから・・・。
芝居の巧くない座組じゃ松竹と変わらないでしょ。
国立劇場の独自性を発揮していただきたいところですね。

東宝、四季は演目次第で鑑賞したいのですが、近頃パッとしない感じ。
これも「好みが尖って来た」って事かな?

野球は本拠地球場が東京五輪野球・ソフトボール競技会場となりますので “他球場での主催試合実施” が発表されています。
東京ドームやZOZOマリン一塁側での観戦と言う “景物” を味わう機会があるやも知れません。
もっとも私は両球場ともに車で出掛けますので、道路交通規制次第ですが・・・。


てさぁて、2019年(平成31年・令和元年)の喜洛庵寄席桟敷はこれにてお開き。
弊 blog へお立ち寄りをいただきました皆様、改めて御礼を申し上げます。
来年も御贔屓の程、宜しくお願い申し上げます。
皆様方に於かれましても先ずは健康第一、お元気で過ごし下さい。

どうぞ佳い新年をお迎えされますよう (^^)/

Tag:雑記  Trackback:0 comment:2 

2019年12月 鑑賞記録

12月
○25日(水)第618回 落語研究会  国立小劇場

Tag:月別  Trackback:0 comment:0 

第618回 落語研究会 12/25

12月25日(水)第618回 落語研究会 国立小劇場


TBS落語研究会。
今夜の主任は権太楼師、先だっての独演会で “おさらいした” 『鼠穴』。
仲入は正蔵師『幾代餅』。
他に花緑師、馬るこ師、小はぜさんの出演と触れられております。


◆柳家小はぜ 『厄払い』
昔は常識として誰しもがわきまえていた厄払いの口上も今は識る人もなく、面白味は感じられませんね。
地味な噺だし、演者はさぞ演りにくかろうと思いながら聴いておりました。
頑張ったよ、小はぜさん。

◆鈴々舎馬るこ 『八幡様とシロ』
『貴方、犬みたいだね』の一言を言われると元の犬に戻ってしまう、という設定の改作版『元犬』。
その一言を言われそうになると八幡様が現れて “判定” をします。
それなりに愉しめました。

◆林家正蔵 『幾代餅』
所謂熱演なのに、ちっとも此方の心に響いてこない。
『不思議だなぁ。何故だろう?』と考えながら聴いていました。

一つ気づいたのは、地の語りも登場人物の会話も「全く同じ速度感」という事。
登場人物の演じ分けは言葉遣いの変化で何とか出来ているのですが、此方も喋る速さは全員同じ。
つまり “言葉遣いで最低限の演じ分けは出来ているものの、喋る速度=時間軸に変化をつけていない為に平板に聞こえる” のですな。
加えて上述の様に “地の語り” も同一の速度感なものですから、まるで時計の秒針の如く抑揚なく坦々と噺が進んじゃう。
人物造形がしっかり肚に入っていれば、自然と人物毎に喋る速度が異なって来る筈。
男も女も、年寄も若者も、親方も使用人も・・・全員同じ速さで喋るかしらん?
喋る速さは勿論の事、間の取り方だって一人一人が違う筈ですよね?
一所懸命の高座に好感を持ちましたが、何と言うか残念でした。

~仲 入~

◆柳家花緑 『粗忽の使者』
お家芸且つ十八番ですからね。
お見事でした。

◆柳家権太郎 『鼠穴』
先だっての鈴本の時も高い完成度でしたが、今夜は “より丁寧な高座” と感じました。
好高座。
素晴らしい出来。


『しかし寒いなぁ』など独りごちつつ家路へ。

Tag:落語会・寄席  Trackback:0 comment:2 

プロフィール

喜洛庵上々

Author:喜洛庵上々
喜洛庵寄席桟敷へお越しいただきまして、ありがとう存じます。
寄席、落語会、舞台などの鑑賞記を綴って参ります。

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