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隅田川馬石 名人長二 湯河原宿 3/5

 3月 5日(火)隅田川馬石 『名人長二』
連続口演 第二夜『湯河原宿』 お江戸日本橋亭

連続六回口演二日目。
初日は前座抜きでいきなり馬石師が上がりましたが、今夜から前座が前方を務めるとのことです。

◆柳亭市助 道灌

◆隅田川馬石 名人長二 湯河原宿
坂倉屋助七から依頼された仏壇の一件で名人指物師としての名声が更に高まった長二郎、依頼される仕事も大変多くなり、弟弟子の兼松と二人忙しく働く毎日。

兼松が仕事中に鑿で足を怪我を負い、その傷が破傷風にでもなりそうでもあり、また長二自身も仕事の疲れからか、子供の頃からの背中の古傷が痛みを発して参りましたので、ここはいい潮とばかりに文政三年の十一月初旬、兼松と二人、相州湯河原へと湯治に出掛けます。

湯河原の藤屋に投宿しゆったり湯治の長二と兼松。

馬石師、この湯河原湯治を地元の料理などを二人の会話で紹介しながら、ゆるりとした風情で演じました。
また湯治の「ひと回り」が一週間であり、「ふた回り」乃至「み回り」で湯治の効果が出てくると蘊蓄を授けてくれました。

長二の湯治の目的は背中の傷の快癒という話題から、宿の婆さんに昔の『棄児騒ぎ』を聞かされ、自分がこの湯河原藤屋の泊まり客の良い身なりをした若夫婦の子であり、その若夫婦に湯河原はずれの竹や茅の生える藪に捨てられたのだと知る長二。

この場面の婆さん、兼松、長二のそれぞれの描写は流石馬石師といった見事なものでしたねぇ。
特に長二の深刻な表情、巧かったなぁ~。

婆さんから、実の親と思っていた長左衛門とおさなは育ての親であり、自分はこの二人に助けられたが為、二助と名付けられたと聞かされる長二。

背中の傷は放り棄てられた際に竹の切り株が突き刺さった為に出来たのだと判り、長二は実の親の無慈悲と育ての親の恩を同時に知ることとなります。

育ての親の先祖代々菩提寺である曹洞宗清谷山福泉寺に詣り、懇ろに先祖と育ての親の供養をした後、長二と兼松は本復した身体を江戸へと運びます。

年改まり翌文政四年。その三月半ば。
江戸、谷中天龍院で母おさなの十三回忌法要を行ったところで『この先は明後日』となりました。

馬石師、表情豊かな高座。堪能しました。
三十分強の高座でしたか?。それがあっという間に過ぎた印象。お見事。
昨夜同様『続きは明後日』と嬉しそうに切りました。

矢張りこの台詞、演者へ何か非常な魔力を与える感じですねぇ。
また客席側へは、なんとも不思議な期待感を植え付けてくれます。

また明後日が楽しみだなぁ~。





Tag:落語会・寄席  Trackback:0 comment:0 

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喜洛庵上々

Author:喜洛庵上々
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寄席、落語会、舞台などの鑑賞記を綴って参ります。

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