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五街道雲助 お富與三郎 島抜け 3/17

 3月17日(日)五街道雲助 『お富與三郎』
連続口演 第六夜『島抜け』 お江戸日本橋亭

連続六回口演大楽。

◆五街道雲助 お富與三郎 島抜け
『初日は確か寒い晩だったと思いますが、今日は桜も開花して・・・』と切り出しました。
そうですョねぇ~、初日(3/4)から二週間足らずなのにこちらの装束もやや軽くなっていますもの。
季節の移り変わりは早いものよ・・・
と感慨にふけっていると、いきなり本編へ。

ねじ込みに行った家主伊之助家内の喧嘩場面から。
これがまた大迫力。
與三郎、伊之助互いに大声を上げ目を剥いての啖呵の応酬。
のんびり時候の話題の直後、これだもの。掴み、巧いなぁ~。

埒明かずと激高した與三郎、お富を伴い松屋店先へ走り、座り込み。
騒いでいるところを市中見回りの役人に見咎められ、引き立てられてしまいます。

殺しの嫌疑は掛けられなかったものの、お富は永牢、與三郎は佐渡へ島送りとのお裁き。

ここで江戸から陸路、新潟までの見事な道中言い立てが入りました。

三年目を迎えられる者は少ないとも言われる佐渡の水替人足。それは大変過酷な労役です。

余談ながら、これは正式には刑罰ではないんですね。お馴染みの鬼平こと長谷川平蔵が献策した人足寄場構想による「寄場送り」と同義の「無宿人の隔離、更正策」で、小遣い銭程度ながら給金もあったとのこと。
この與三郎は「島送り」であって、刑罰の「遠島」とは異なる訳です。
とは言うものの佃の人足寄場なら何か技術が身についたのかも知れませんが、水替など身についたところで外へ出て何の役にも立ちませんから、矢張り懲罰的要素も相当含んでいたのでしょう。

與三郎は一緒に送られた江戸者二人、御家人鉄五郎、坊主松と示し合わせ、一か八かの島抜けを企みます。

企みます、と言ってもこの與三郎、どこまで行っても他人任せ。周囲の言動によって我が身の左右を決める言わば尻腰のない男。
今般も御家人鉄五郎の企みに乗ったに過ぎません。

大体にして非番の日、丘から海原を眺めて『お富はどうしているだろう』
島抜けの際、船着場の警戒厳しく、やむを得ず丸太が流れついている筈の入江へ飛び降りる時も、他の二人は『南無三』かなんかで跳ぶのを『お富ぃ~』
とまるで意気地がない。

がしかし強運の持ち主であることは確か。なんと御家鉄の推量通り入江に丸太は流れついていて、それを筏に組んで三人は荒海へ漕ぎ出していきます。

この島抜けの場面は本当に息を呑む連続。見守る感じでたっぷり堪能しました。
通常人物造形、また感情の描写というのは芝居的要素つまり見せる部分も多分にあると思いますが、自然現象を描写するというのは、これ完全に話芸、語り芸の世界。
ぶつかり合い砕け散る波、強く吹き荒れる風、車軸を流すが如くの雨、それらがない交ぜになって聞こえる「音」。
雲助師は卓抜した描写力で客席の目の前に、その大嵐の様子を切り取ってきて見せてくれました。
凄かった。

まだ続きがあるが如く終わるのが『人情噺』の常なのか、與三郎は江戸へ・・・と含みを持たせた読み終わり。
いやぁ、恐れ入った。
お見事でした。


『島抜け』ならぬ抱え膝の牢内から『解き放ち』の後、家人が『両方ともあっけなく終わった感じ』とやや拍子抜けの体。
馬石師『名人長二』はまた将来、更に練った形で聴く機会もあるだろうし、雲助師『お富與三郎』は今夜は言うなれば『外伝』『後日談』みたいなものだろうから、など言い合いながら家路へ。

あっ、そうそう。
柳亭市助さんのことを少し。
私、原則として前座さんの感想は書かないことにしていますが・・・。
市助さんの五席を聴いて『声は良いし、第一、噺の中の会話が実に活き活きしているなぁ』と感心しました。


全て含め見事な好企画、好演の六夜。

雲助師音頭による三本締の響きが耳に心地良く残っています。





Tag:落語会・寄席  Trackback:0 comment:0 

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Author:喜洛庵上々
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寄席、落語会、舞台などの鑑賞記を綴って参ります。

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