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らくご街道 雲助五拾三次 -寿- 9/22

 9月22日(日)らくご街道 雲助五拾三次 -寿- 日本橋劇場

雲助五拾三次、第六宿 -寿- 。
今夜は開演前に雲助師自伝本『雲助、悪名一代』のお手渡し頒布会がありまして、ロビーは大賑わい。私たちも“我が家に一人一冊”とばかりに分けていただきました。
師匠と握手。私、いささか興奮気味。

さて本日の雲助五拾三次は、古今亭のお家芸『井戸の茶碗』他、楽しみだなぁ~。


◆五街道雲助 『寿限無』
先ずは今夜の副題 -寿- について。
『私が本を出したのでおめでたい、という訳ではありません』
『私自身が六十五歳と世間様では定年、そして芸歴四十五年の節目であること』
『またこの度、末の弟子、龍玉も上野さんで主任をとらせていただき、幸い評判も好かった様で嬉しい限り。これで弟子三人ともが寄席で主任を演らせていただいた、つまり師匠弟子ということならば弟子が巣立ち、親離れ子離れが出来たということで、おめでたい』
と説明がありました。
七年後の東京五輪の話題、年齢と芸の変化などにも触れながら『寿限無』へ。

噺の中での自問自答で、寿限無を演るのは初めて、など織り込みながら愉快に進めました。前座噺って、巧い人が演ると面白いんですよねぇ。流石でした。

◆五街道雲助 『井戸の茶碗』
下がらず続けて、これも余り掛ける機会のないという根多出しの『井戸の茶碗』。

雲助師版では、細川家中の若侍の名前は“高木佐太夫”。
千代田卜斎は“自身の主家への帰参(再仕官)叶った”上で、娘“お雪”を佐太夫の妻に、と婚礼(結納)を切り出します。
つまり高木佐太夫と千代田卜斎の身分を同じ武士(浪人ではなく)とした訳です。
このあたりは独特な演出と思われました。ひょっとしたら元の講釈根多ではこんな感じなのかな?
確かに“武家同士の婚礼”の方が、胸にすとんと落ちますね。

雲助師、終始抑えた語り口調。意識的に硬く演じた様に感じました。
“曰く窓”など蘊蓄も散りばめられた独特の井戸茶、堪能しました。

~仲 入~

◆五街道雲助 『天保六花撰より上州屋から玄関先』
鞍馬の出囃子で上がった雲助師。
何を掛けるのだろうと思っておりましたところ、なんとこちらも講釈根多『天保六花撰』。
『御数寄屋坊主、河内山宗俊』と高座から聞こえてきた刹那、『へぇ~!』と声が出そうな程びっくりしました。

悪を演るとき、雲助師は実に気持ち良さそうに演るんですよねぇ。
啖呵を切る場面で、片岡千恵蔵演ずる遠山金四郎の台詞とも共通点があるのだなぁ、などと、私も好きなものですからわくわくしながら聴いていました。

他の場面でも、六花撰を下敷きにしたのでしょうねぇ、映画の方に千恵蔵の金さんが僧侶に化けて相手方へ乗り込む場面がありまして・・・

私、今夜は千恵蔵映画のそんな場面こんな場面を思い出しながら聴いておりました。
愉しかったなぁ。

演目にある上州屋とは池之端の質屋。
この上州屋の娘が奉公に上がった先の大名に見初められ、伽を命じられるも自分は言い交わした人ある身、と拒んだ為に座敷牢へ閉じ込められる。
その話を聞きつけた河内山宗俊が、座主の使者に化けて娘救出の談判。
出雲松江藩、雲州候松平出羽守江戸屋敷へ単身乗り込み、まんまと騙して娘を取り戻しますが・・・
顔の大きな黒子によって正体露見した宗俊が、突きつけられた槍の穂先を前にして大胡座で啖呵を切る。
これは本当に面白かったなぁ。

この上州屋一件の片が付き、更に物語が進んだところ。
侍の乗る馬に水溜まりの跳ね水を浴びせられる恥辱を受けた宗俊。
突き止めた旗本屋敷の玄関先にて、懐から何かを取り出し『貴様が馬で跨いだのはこれだ』と相手方へ示した場面で
この3月の『連続六回口演・お富與三郎』の時のように、『この続きはまたの機会に』と後を引く切れ場。
『またの機会』が待ち遠しく感じますね。


いやぁ、今夜も好かった好かったと
家人と語らいながら家路へ。
大満足の雲助五拾三次。
次回は10月16日、-江戸前- 庚申待ち 他と予告されています。




Tag:落語会・寄席  Trackback:0 comment:0 

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Author:喜洛庵上々
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寄席、落語会、舞台などの鑑賞記を綴って参ります。

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