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らくご街道 雲助五拾三次 -名人長二- 初日 11/18

11月18日(月)らくご街道 雲助五拾三次 -名人長二- 初日 日本橋劇場

雲助五拾三次、第八宿の今夜から連続口演『名人長二』。
本日初日は『仏壇叩き』、『湯河原宿』、『谷中天龍院』と触れられています。


◆五街道雲助 『仏壇叩き』
『この『名人長二』は作者三遊亭圓朝師も高座では演っていないそうでして、通しで掛け尚且つ記録が残っているのは、五代目志ん生と八代目正蔵ぐらいです』
『ところが志ん生師は刈り込んであると言うのか抜けが多く、彦六の正蔵師は自分の演り易い様に改作してしまうので、原作をそのまましかも通しでとなりますと、以前鈴本で私が演ったのが初めてと言っても好いかもしれません』
『今回はその再演という事に相成ります』
とあらましこんな内容の前置きの後、本編へと入りました。

十歳で“箱清”指物師清兵衛に弟子入りし指物修行を重ねてきた長二は、当年二十八歳。
『仕事を小器用に片付けてはいけない、どんな仕事も不器用に不器用にしなければ作る者の欲が現れてしまい、良い指物が出来ない』と事あるごと若い者へ教えることから、“不器用長二”の異名を持つ捻り者。
二十八歳にして名人と称される腕を持ち、本所〆切で箱清の末弟子兼松と賄いのお婆さんとで暮らしています。

この長二の名声を聞いた蔵前の札差坂倉屋助七が、長二に仏壇を注文するところから物語が展開していきます。

七ヶ月を費やして坂倉屋の注文通りに“堅牢でしかも軽い”仏壇を作り上げた長二。
値はいかほどとの問いに『百両』と答えますが、これを法外と感じた坂倉屋が出来上がった仏壇に難癖を付けますので、長二は『使っている六十四本の釘、その一本々々を魂を込めて削ったのだから百両は譲れない』、『この才槌で外から仏壇を叩いて、釘がゆるみ仏壇が壊れる事あらば、代金は一切いただかない』と豪語します。

怒った坂倉屋が力任せに仏壇を叩いて壊そうといたしますが、長二の指した仏壇は外板が傷つくばかりで、ゆるみもしません。

自らの浅慮を悟った坂倉屋助七は、この仏壇に旧知の湯島聖堂林大学頭に書いて貰った折紙を添え、代々の家宝とすることを長二に約束するのでした。

ここまでで、長二の実の親を除く主要な登場人物が全員出ています。
指物師清兵衛親方、娘お政、女婿常吉(恒吉、恒太郎とも)、長二、兼松、坂倉屋助七、その娘お島、湯島聖堂の林大学頭。 

その後、手伝いの兼松が足の親指を鑿で突いて怪我を得、また自身の背中の古傷も痛みますので、十一月に入ってすぐに長二と兼松は湯河原へ湯治に旅立ちます。
と、ここまで。ほぼ地噺で。

時折挟む会話場面での表情の変化が素晴らしい。
長二の真っ直ぐな気性、その職人気質がよく伝わって来ました。

~仲 入~

◆五街道雲助 『湯河原宿~谷中天龍院』

出囃子は鞍馬。『下座のその姐さんに“二度目の出囃子は如何しましょう”と聞かれましたので“圓朝師匠のを”とお願いしましたけれども、圓朝師の頃は(江戸には)出囃子がありませんでした』と客席の緊張をほぐす様に喋り、後半へ。

十一月初旬、湯河原に湯治に出掛けた長二と兼松。
腰を落ち着けて療養するうちに次第と効果が出て来たとみえます。
そんな中、長二の背中の傷の話題を発端に、旅館の手伝いの婆さんの口から思いも掛けぬ物語。

二十八年前、この藤屋へ投宿した若い男女が棄てていった赤子が、長左衛門、おさな夫婦に命を救われ二助と名付けられ、実子分として育てられたこと。
その赤子の背中には棄てられた折に藪竹の切り株が突き刺さっていて、瀕死の状態であったこと。

ここ湯河原が両親縁の土地と知った長二は、婆さんに口止めをしつつ、先祖の菩提寺である曹洞宗清谷山福泉寺に詣り、懇ろに供養します。
そして十一月も深まった頃、長二兼松の二人は江戸へと戻るのでした。

江戸へ帰ってからというもの、両親の墓所谷中天龍院へ供養を欠かさぬ毎日を送る長二。
赤子を藪に棄て去る実の親の無慈悲に対し、生さぬ仲の自分を慈しんで育ててくれた長左衛門おさなへの感謝の念は募るばかり。
天龍院へ経机や書棚などを寄進して、まさに供養三昧の毎日を過ごしています。

明けた三月十七日は母おさなの十三回忌。
天龍院和尚の引き合わせで亀甲屋幸兵衛との出会いがあり、和尚の語る長二の生い立ちを聞いた亀甲屋幸兵衛は、長二に様々な調度を注文し親交を結ぼうとしていきます。

そして物語は更に意外な展開を見せて行きます。
と今夜はここまで。
雲助師の〆の言葉通り、これからが面白くなって行くところ。

終始重々しい口調の地噺。
仲入前が約40分、跳ねたのが8時35分ぐらいでしたから仲入後は45分程の口演でしたでしょうか?
濃密な時間でした。

この三月に馬石師匠の六回連続口演で「予習」しておりますので、場面の描写に集中して鑑賞することが出来ました。
この辺り、主催いたちやさんの企画がはまっている感じですね。感謝。

雲助五拾三次、次回は12月24日、『請地の土手~清兵衛縁切り』。非常に楽しみです。




Tag:落語会・寄席  Trackback:0 comment:0 

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Author:喜洛庵上々
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