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らくご街道 雲助五拾三次 -鰻- 7/14

 7月14日(月)らくご街道 雲助五拾三次 -鰻- 日本橋劇場

雲助五拾三次、第十六宿 -鰻-。
ご存知『鰻の幇間』が根多出しされていますが、あと『鰻』と言うと・・・

『鰻屋(素人鰻)』は前回演りましたしね、何だろう? と、家人と話しながら
『昨日のにぎわい座で “今、こいつは魚に喰われる所だったんだ” と普通は言うのに “鰻に喰われる・・・” と演ったのだけれども、あれは今夜の “お浚い” だったのじゃないかな。だから“唐茄子屋政談”じゃない?』
と “推理” してみせると『まさかぁ~』
演題を楽しみにしながら席に着きました。


◆五街道雲助 『後生鰻』
冒頭、今夜のお題『鰻』についての思い出話など。
『鰻屋に小綺麗は似合いません。ざっかけないところが好いのではないか、と思います』
ざっかけない、久々に耳にしました。
飾らない、やや乱暴な感じ、で良いのでしょうか。私の家の中では使わなかったなぁ、この言葉は。
ざっかけないのが鰻屋の真骨頂とすれば、野田岩は落第ですなぁ。

さて本編。軽い調子でさらりと。
抜群の面白さ。
この雰囲気の雲助師も好きだなぁ。
昨日の『手紙無筆』でもそう思いましたけれども、矢張り滑稽噺も素晴らしいですね。

下げた直後、『この噺を演る時は当然のこと滑稽噺の口調ですが・・・人情噺、また圓朝噺風に演りますと・・・凄惨な感じとなります』
と、実際に表情も所作も本寸法にして台詞を喋ってくれました。
これがまた傑作。
鰻屋の主人が半眼で芝居掛に『するってぇ~となんですかい?この鰻の命を助けろとこう仰るンですかい?』と喋った場面で、私とうとう堪えきれずに大爆笑しました。

また、このご趣向の前に『赤ん坊を川へ投げる際(鰻と同じボチャンではなく)ドボンが適切なのでは?』との意見に対し『いや、これはボチャンでなければいけない』との古い芸談が存在するのだ、と蘊蓄を授けてくれました。

◆五街道雲助 『鰻の幇間』
お馴染みの幇間の枕を振ってから、一八が藤むらの羊羹を小脇に穴釣りを試みる場面から入りました。

『斜めになった家全体で、美味いんだぞという看板になってますな』だったかなぁ、そんな面白い言い回しがあちこちに散りばめられて、愉快至極。

手銭でやっていると知った一八は怒りより落胆の気味が強く、悲哀を感じさせる演出。

私の壺の『見ねぇ、この奈良漬けを。奈良漬け独りの力で立ってるんじゃないよ、隣の大根に寄っ掛かってるんじゃないか』と唇をとがらせ気味に言う場面、今夜も大笑いしました。

客席の他のお客様も、もう笑おうと準備している感じ。
皆さんそれぞれにお気に入りの言葉、場面をお持ちでしょうから、そうですねぇ一八と “旦那” が二階へ上がってからは所々客席の笑い声で雲助師の声が聞こえない箇所もあった程。

襖の破れに “富国強兵” 、掛け軸が “天照大神” と政治結社の様な風情もまた滑稽。

『あぁもう降参、降参、白旗ですよ』
『水師営のステッセルの気持ちが良く解りますよ、私ゃ』
ここは仲入で家人に質問されました。

このくすぐりから、明治38年以降の噺と判りますが、雲助師は明治後期から大正、もしくは昭和でもごくごく初期の高座を復刻して演ってくれたのでしょうね。

あと、龍玉師の『汚い家だねぇ、本当に』は師匠譲りなんだなぁ、なんて再発見をしましたり・・・
随分と色々楽しめた一席。好高座でした。

しかし、俵藤太の百足退治の絵の徳利って、本当にあったら気持ち悪いですなぁ。

~仲 入~

◆五街道雲助 『子別れ(通し)』
出囃子は鞍馬。

本当の通しを初めて生で聴きました。
素晴らしい出来。あっという間の70分。

先ず、谷中の寺での熊の酔態を緻密な描写で演って紙屑屋との吉原行、弁松の強飯、がんもどき一件も丁寧に。

流連して帰宅、お内儀さんとの遣り取り、女郎の惚気話が発端で横面を張られ夫婦喧嘩、仲裁に入る隣家の “へこ半” と、もう一人の仲裁人 “なぞり” の言動も非常に細密な描写。

お内儀と亀が家を出て、吉原の女郎を落籍せて女房に直しますが、ここでの挿話が傑作。
実は私が唯一聴いた『通し』は志ん生師のポニーキャニオン版テープなのですが・・・。
確か中学生の頃に買ったもので、今は再生機器を持っていないので聴くことが出来ませんけれども、記憶を辿りますと・・・小便をしたい女房が、外後架を嫌がり流しでしたいと言い張る場面がありました。

今夜の雲助師はこれを綺麗に改めまして、朝の膳を作らないどころか布団から起き上がろうともしない情景を活写。
呆れ果てた熊が『もういいや』と出掛ける背中へ『ちょっとぉ、お米炊いてっておくれよぉ』と言葉を投げるところまで、二人の会話で紡ぎ上げて構成しました。
ここまで、つまり上・中で45分。

そして下の “子は鎹” へ。
独りになり、何か悟りを開いたが如くさっぱりした表情の熊。
上・中では下へ下へ向いていた視線が真っ直ぐ前へと変わり、明るい感じ。

番頭さんは “確信犯” で、旦那と御隠居の指図で元の女房と亀の住所を見つけ出した雰囲気。

熊から亀への小遣いは一円で、これが札なんですね。従って亀は折り畳んで帯の間へ紙幣を挟みました。

そして秀逸だったのが額の傷云々。
『仕事をいただいているし、お古も頂戴しているから我慢をおし』って言うから・・・の語尾から亀が泣き、熊も窮状を察し泣き顔。
ここの場面は凄かったわぁ。
いま、思い出して書きながらまた潤んで来ます。良かったなぁ、ここ。

子供の泣き顔、泣き声、仕種も自然で良かったのですが、熊の表情の変化がなぁ~、いやぁ凄かったなぁ。

そして大団円。鰻屋の二階。
女房は下から声を掛け階段を登るまでは台詞がありますが、二階に上がってからは台詞が無く下げまで登場しません。
亀と熊の父子の会話で下げまで。

名演。感動しました。
素晴らしかったです。
私たちは今夜、歴史の目撃者となったのではないかと思います。


跳ねて家人に『通し』の粗筋をもう一度説明しながら家路へ。
感激したねぇ、と意見一致。




Tag:落語会・寄席  Trackback:0 comment:0 

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喜洛庵上々

Author:喜洛庵上々
喜洛庵寄席桟敷へお越しいただきまして、ありがとう存じます。
寄席、落語会、舞台などの鑑賞記を綴って参ります。

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