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第143回 柳家小満んの会 1/22

 1月22日(月)第143回 柳家小満んの会 吉野町市民プラザ

平成30年(2018年)喜洛庵寄席始めは吉野町、柳家小満ん師独演。
いつもの様に鑑賞歴の長い友人を誘って二人連れ。
今夜は小満ん師『火事息子』、『花筏』、『お楠物語』と触れられています。


◆金原亭駒六 『道灌』
好い意味で前座さんらしい高座。
今夜の大雪に因んでか、きちんと深草少将百夜通いから始めてくれました。

◆柳家小満ん 『お楠物語』
『今夜はまた風流人がお集まりで・・・』と世辞で笑わせておいて、横浜に因んだ回文を幾つか披露。
「みなと きてき と なみ」
「とおのね ふるさと さるふねのおと」
「ほら しらほ」
本編は写真で有名な下村連杖の書いた浄瑠璃を下敷きにした小満ん師の新作。
今夜ご一緒の友人は元々写真家とあって、開演前に(案内葉書に連杖作「横浜開港奇談」より「お楠 子別れの段」と紹介されておりましたので)『連杖って馬車道で写真館をやっていたんだけどなぁ』と懐かしそうに語っていたのですが、物語はその馬車道へ移る前、野毛坂で写真館を開いていた当時を題材にしていた模様。
野毛坂の大きな楠の精がすなわち「お楠さん」。
遺言を蓄音機で録音したり、文明開化の香りのする一席。
横浜生まれ横浜育ちの友人と私にとっては、中々興味深くまた印象に残る物語でした。

◆柳家小満ん 『花筏』
この一席で印象的なのは『明日花筏と一番取る』と言う千鳥ヶ浜に意見する父親の言葉。
母親の『お相撲取りは河豚の様なお腹で・・・』を引取り父親は『蒲団で相撲を取る訳でもあるめぇし・・・腹が膨れて堪るかョ』
ここ笑ったなぁ。
枕の蔵前時代の相撲風景。益荒雄や富士桜、戸田などの挿話もまた懐かしく楽しかったですねぇ。

~仲 入~

◆柳家小満ん 『火事息子』
臥煙になった息子は割合と略筆で、むしろ父母の息子への情愛に重きを置いた演出と感じられました。
お父っつぁんが息子と再会する場面が大迫力。
怒りながらも(顔を見たいものだから)『もっと前へ出ろ。明るい所まで出て来い』と震え声。
感動したなぁ。
この臥煙の藤三郎は定火消ですが、その定火消を仕込ながらの大名火消、町火消の解説を盛り込んだ枕がまた小満ん師匠らしい蘊蓄沢山のもの。
『神田の「よ組」ってのが一番幅を利かせておりまして、これは本丸火消とも申しましていざ江戸城に火がと言う折に、よ組だけが城内に入れたという・・・』なんて小満ん師の言葉を聴きますと、客席の此方は途端に「江戸時代後期」あたりへ瞬間移動してしまう感じ。
面白かったですねぇ。


跳ねて「深草少将」よろしく友人と二人、新雪をさくさくさく。
たまたま同じ靴屋同じモデルの登山靴を履いておりましたので
『靴はお揃いですが兄弟じゃぁありませぬ』など言い合いながら地下鉄吉野町駅。

次回の横浜小満んの会は3月19日(月)。
小満ん師『家見舞』、『お茶汲み』、『花見の仇討』とのこと。
『是非3月も一緒しようぜ』と互いの家路へ。


Tag:落語会・寄席  Trackback:0 comment:4 

Comment

小言幸兵衛 URL|雪中決死隊!
#- 2018.01.24 Wed08:43
あの雪の中、決死隊がいらっしゃいましたか!
えらい、というか、すごいなぁ^^
喜洛庵上々 URL|^^;
#- 2018.01.24 Wed09:02
吉野町ならば地下鉄ですし雪は関係ないかな?・・・と出掛けたのですが
帰宅時にはダイヤがかなり乱れており、市内に住む私たちでも冷や汗ものでした。
考えてみましたら横浜地下鉄は高架露天部分もかなりありますものね^^;
誰にも踏まれていない歩道の新雪に足跡を付けながらの帰り道、確かに風情がございました^^
佐平次 URL|
#- 2018.01.24 Wed10:39
やっぱりやったのですね。
ご丁寧な紹介はありがたいような、行かなかった臆病を自責する材料提供のような、、やっぱりありがたい。
喜洛庵上々 URL|恐れ入ります。
#- 2018.01.24 Wed12:13
JR上り方面は翌日(23日)もまだダイヤが乱れておりましたし
都内にお住まいの皆様は「様子見」で良かったのではないでしょうか。
帰り道、地下鉄駅までの大通りは車も走っておらず、静かな街の風景でした^^;

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喜洛庵上々 (きらくあん しょうしょう)

Author:喜洛庵上々 (きらくあん しょうしょう)
喜洛庵寄席桟敷へお越しいただきまして、ありがとう存じます。
寄席、落語会、舞台などの鑑賞記を綴って参ります。

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