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立川左談次を偲ぶ会 2/11

 2月11日(祝)立川左談次を偲ぶ会 お江戸日本橋亭


昨年三月に逝去された左談次師を偲ぶ会。

居残り会の重鎮 K さんからの廻状で開催を知りました。
折しもメールをいただいた前日、毎年恒例の私事が目出度く一件落着。
底抜けの解放感に後押しされ即決。

故人のCD『宿屋の富/付き馬』を配るなど、至れり尽くせりの趣向の所為でしょうか。満員大入札止の大盛況。


“立川左談次” で弊 blog を検索いたしますと、2012年4月の “人形町らくだ亭” と、2013年12月の “人形町らくだ亭” が hit しました。
『書き始めてからは二席こっきりかぁ』と驚くと同時に、演目が『町内の若い衆』、『阿武松』という軽い調子の噺である事に気づきます。
ホール落語ですから主催者の依頼でしょうけれども、左談次師に求められていたのが “軽い調子で客席を和ませる” だった事が想像できます。またそれを十八番にしていたからこそ起用されていたのでしょう。
鼎談でも雲助師が『協会へ戻って来て欲しかった』と仰っていました。
これはつまり、左談次師は寄席で活きる芸風だったのでしょうね。


◆鈴々舎美馬 『穴子でから抜け』
女流。可憐な風情。
入場前に予約チケットの引換をお手伝いしていました。
私、名前を訊かれましたので、てっきり『この娘が持ってきてくれるのだな』と嬉しく思っておりましたら、直後に入場となりましてテケツで再び名乗り、馬桜師から入場券を手渡されました ^^;

◆鈴々舎八ゑ馬 『つる』
大阪出身。上方言葉。
噺に入る際に眼鏡をはずしました。テニスの錦織選手風ですね。
かなり大きな声を出す上方演出。
短く演るような指示があったのでしょう。前座二つ目はごく短時間の高座でした。

◆鼎談 雲助・一朝・馬桜
故人と所属協会が違う為、思い出話は落語協会時代、つまりお互いが前座二つ目時代の事が多かったですね。
聞きながら『寄席に出られないってのは辛いのだろうなぁ』などと思っておりました。
談志師も罪つくりですなぁ。
まぁ協会復帰を勧める仲間へ『談志の骨は俺が拾う』と話していたそうですので、故人も “本望” なのかなぁ。
お仲間内では “さだやん” と呼ばれていたのですね。

~仲 入~

◆鈴々舎馬桜 『大安売り』
おそらく余り演じ慣れない噺なのでしょう。出来そのものは凡庸でした。
この噺は左談次師が上方から移植した噺とのこと。その功績を讃え、敢て得意でない噺を掛ける。
その馬桜師の心意気に感動しました。

◆春風亭一朝 『宿屋の富』
志ん朝師から柳朝師、そして一朝師への口伝版。
耳に慣れた矢来町の再現ですね。
二番富が当たるとお告げがあった男の妄想で、吉原へ上がり懐から大きな財布を取り出す描写がありましたが、その擬音が傑作。大笑いしました。これは一朝師の外連ですね ^^
“ずるっずるっ” だったかな ^^;
結構な高座でした。

◆五街道雲助 『付き馬』
十代目の型を盲目の小せんの速記録で補った “雲助型” 。
名演。
先週聴いた『居残り佐平次』も凄かったのですが、今夜の『付き馬』も勢い旺盛な高座。
素晴らしかったなぁ。

下げて座布団をはずし辞儀へ移ろうとなったところで馬桜師が袖から現れ、雲助師に耳打ち。
雲助師の『手〆?』との声が聞こえました。
寄席文字の橘右橘さん、そして故人のお内儀さんも高座へ登場。
雲助師匠の『左談次さんの冥土での弥栄を願いまして』の音頭で三本〆。


跳ねて居残り会は S さんのアレンジで東京駅地下。
美味しい肉とワインで時を忘れて大いに楽しみました。
皆さんに御礼申し上げます。ありがとうございました。


Tag:落語会・寄席  Trackback:0 comment:0 

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喜洛庵上々

Author:喜洛庵上々
喜洛庵寄席桟敷へお越しいただきまして、ありがとう存じます。
寄席、落語会、舞台などの鑑賞記を綴って参ります。

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